愛蔵レプリカ


 大学生の一番の利点は、自分の自由にできる時間が沢山あるってことだと思う。

「―――それで、………ひより聞いてる?」
「……きいてるよ」
「嘘、今ちょっと聞いてなかったでしょ!」
「ご、ごめんって!」

 授業後の学食で利乃の他愛もないのろけ話を聞かされながら、わたしの意識は半分、人の増えてきた学食の中を行き交う学生たちに注がれていた。

(………いるわけ、ないよね)

 頭ではわかっているのに、無自覚のうちにあの長身を探している自分に気付く。
 そんな自分が恥ずかしくて、情けない。

「――それで、電話したら寝てたって言うし、酷いと思わない?」
「そうだね、身勝手だ。利乃は心配してたのにね」
「そうなの! ホントにもう、あたしばっかり心配してるみたいで―――」
「みたいじゃなくて、実際そうなんでしょ?」

 からかうように言ってやると、利乃はむぐと押し黙った。図星。でも、人から指摘されると恥ずかしいよね。
 わたしに痛いところを突かれて顔を赤らめた利乃は、女のわたしから見ても可愛らしい。なんだかんだ言いながらきっと彼のことが愛しくてたまらないのだ。
 その真っ直ぐさが、眩しくて羨ましい。

 また意識を学食の中に向けると、今度はなぜか一点に視線が吸い寄せられた。
 さっきまではなかった広い背中。朝見送った茶色のジャケット。
 この人ごみの中でよく見つけたと思う。実はわたしは、龍平さん限定のアンテナか何かを持っているんじゃないだろうか。
 多分、それくらいすごい確率で、わたしはずっと奥の席に宗祐先輩と向かい合って座る龍平さんを見つけた。

「―――」

 見つけたからってどうしようもないけど。
 ただ、ちょっと嬉しくて得意な気分になるだけだ。
 帰ったら、「今日学食にいたでしょう」って言って、自慢してやるだけ。
 それだけの会話を想像して、わたしは心持ち浮かれた。

「でもさぁ」

 利乃がまた口を開いた。

「でもさ、あたしも向こうのこと何でも知ってるわけじゃないから」

 話をしているようなのになぜか辺りをきょろきょろと見回している。誰かを探しているの? 誰かを待っているの?

「……あたしの知らないとこで、知らない人と会ってたりするんじゃないかって、不安もあるよ、実際」

 そう言った利乃の表情は真剣で、適当な相槌じゃ許されないような気がした。

「……うん、わかるよ」

 わたしの知らないとこで、わたしの知らない人と。
 彼氏もいないわたしがわかるだなんて言っても、利乃は笑わなかったし、知ったかぶりだと詰ったりもしなかった。

 利乃に焦点を当てた視界のずっと奥で、龍平さんと宗祐先輩に一人の女の人が近づいて行くのが見えた。
 きゅっと胸が苦しくなった。
 女の人は親しげに二人に挨拶をし、龍平さんの隣の椅子に座った。
 学食で龍平さんを見つけた喜びは、一瞬で後悔に変わった。

「ひより?」

 利乃に顔を覗き込まれて、わたしは慌てて龍平さんたちから目を反らした。
 女の人は遠目に見ても美人で、スタイルがよくてセンスもよくて大人で。
 龍平さんの隣に座るのが、とても自然に見えて、それが思いがけずひよりを打ちのめした。

「ひより?」
「……ねぇ利乃、今日利乃んち泊まっちゃ駄目?」
「え?」
「話、もっとしたいし……あ、彼氏さんと会うなら、いいんだけど」
「ううん、向こう今日バイト。いいよ、泊まりなよ! わーい、お泊まりとか、ひより初めてじゃない!?」
「そうだね。でももっと利乃の話聞きたいんだもん」
「いいよー! いくらでも話しちゃう!」

 俄然テンションの上がった利乃に、内心拝み倒さんばかりに感謝した。
 本当は酷く空虚な気分だった。
 だから、今夜龍平さんと話をしたら、みっともない姿をさらしてしまいそうで、嫌だった。

 利乃の部屋に泊まるという旨のメールは、途中まで作って結局消してしまった。



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