択一シンメトリー


「龍平さん、わたし買い物行ってくるね」

 わたしが出かける支度をして部屋を出ると、リビングでは龍平さんがテレビをつけて煙草をふかしていた。

「晩飯?」
「とか、あと灰皿とか龍平さんの使う食器とかも」

 ソファーの上の龍平さんが動いた音がした。もう廊下に出ていたわたしが振り返ると、龍平さんは驚いたように目を見開いてわたしを見ていた。

「あー、食器いらない?」
「…いる。俺も行く」
「歩きだよ?」
「行くって。ちょっと待って」

 余計なお世話かと一瞬ひやりとした。龍平さんが買い物についてくるなんて初めてだな、と考えていると、龍平さんは放り出していたジャケットに袖を通し、煙草はくわえたまま、わたしの前に立った。

「どこまで?」
「そこのディスカウントショップ」

 この部屋は大学から遠い分、近くにいろんな店があるから便利だ。徒歩圏にあるディスカウントショップには、日用品だけでなく食料品も売ってあったりする。
 休日の午後に並んで歩くなんて、まるで恋人同士みたいだ。全く違うんだけど、すれ違う人にいちいち説明するわけにもいかない。
 龍平さんはそういうこと、気にもしてないんだろうけど。相変わらず煙草ふかしてるだけだし。
 学友に会わないことがせめてもの救いだと、わたしは自分に言い聞かせた。


 *


「龍平さん、灰皿どれがいい?」

 休日のディスカウントショップは人で溢れていた。一組の男女なんて誰からも意識されることなく、その人の多さにわたしは辟易すると同時に安心した。

「これ」

 真っ黒で一番シンプルな丸い灰皿を、龍平さんはわたしが持つ買い物かごに入れた。

「それでいいの?」
「なんでもいいよ。これが一番、あの部屋に合う」

 確かにわたしの部屋は色彩とモノが乏しい。女の子の一人暮らしとは思えないほど華やかさとか、可愛らしさがない。
 龍平さんがそれを考慮していたことに驚いて顔を見上げると、わたしの驚きを心外だと、龍平さんは鼻を鳴らした。

「…次、食器だろ」

 さくさく歩く後ろ姿を見て、ああ、この人はまだあの部屋に住む気があるんだということを、わたしは再確認した。
 わたしのアパートに、わたしではない人の存在を示すものが増えていく。
 目に見えるそれらは、きっとわたしに今以上の安らぎをくれるだろう。

 食器が並ぶ棚に移動すると、龍平さんは何か目的を持って商品を見ていた。

「何?どんなのがいいの?」
「いや、ひよりのどれだっけ?」
「わたしの?」

 少し視線を巡らせると、すぐに見つかった。わたしの食器もここで買ったものだから、数ヶ月経った今でも全く同じものが並んでいた。

「この辺のを同じ柄で集めた」
「ああ」

 龍平さんが手にしたのは、わたしの、と言った食器の色違い。…お揃い?

「同じ形が重ねやすいだろ」
「…なるほど。龍平さん頭いいね」
「今お揃いとか思ったろ。違うぞ、そういう意味じゃない」
「わかってるよ」

 わかってるよ。居候の龍平さんなりの配慮なんだよね。大丈夫、その優しさを勘違いするほど、わたしも馬鹿じゃない。
 がちゃがちゃとかごに食器を入れると、龍平さんはわたしからかごを奪った。

「持つ」
「…まぁ、男性としては当然ですよね」
「ひより、俺のこと男だと思ってたの?」
「…思ってたよ。力持ちだから超便利」

 龍平さんこそ、自分が男だってことわかってたのか。当たり前みたいな顔して一人暮らしの女の子のアパートに居候するとか言うから、わかってないのかと思ってた。

「晩ご飯のリクエストは?」
「肉…あ、ハンバーグ」

 一人だといつも手抜きをしていたから、今は龍平さんにメニューを決めてもらうことが多い。家賃を折半しない代わりに、龍平さんが食費を出すと言ってきかなかったというのもあるけれど。

「龍平さん、子供みたいだね」
「あ?ひよりが作れそうなオーソドックスなメニュー上げてんだよ」
「そうなの?わたし大抵何でも作れるから、遠慮しなくていいよ」

 料理自体は好きだけど、自分のためだけに手をかける気にはなれなかった。でも今は龍平さんが食べてくれるから、少しくらいは手をかけてもいい。大体「おいしい」と言ってくれるし。嘘か本当か知らないけど。

「とりあえず今夜はハンバーグでいいの?」
「…いいよ。今度、ひよりが作れなさそうな料理調べとく」
「じゃあわたしも料理の本読んで研究しとく」

 いくらか食材を買い足して、レジに並んだ。全部まとめて龍平さんが払ってくれた。

「後輩の女の子にお金出させるわけにはいかないですもんね、先輩」

 袋につめながらからかい半分に言うと、龍平さんは不愉快そうに眉をしかめた。

「ひよりのこと、後輩とか思ったことねぇよ」
「…じゃあ何だと思ってるの」
「家主。こんな、先輩を敬わない後輩とかいらねぇよ」

 ぶつくさ言いながら、龍平さんは重たい食器類を全部入れた袋を持って歩き出した。
 喜んでいいのか、悲しんでいいのか。家主と後輩、龍平さんの中で、どっちが価値のある存在なんだろう。わたしに、本当はどっちであってほしいんだろう。

「ひより、置いてくぞ」
「…一人で帰っても入れないくせに」

 小さく呟いてわたしは龍平さんを追いかけた。

 龍平さんがわたしのことをどう思ってたって、正直どうでもいいんだ。あの部屋にいてさえくれればそれでいい。
 沈黙と空白を取り除いてくれるなら、それだけで構わないの。



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