道草スモーク


 外は目を背けたくなるような快晴で、わたしは出たいような出たくないような気分でいつも通り本を読んでいた。
 隣でソファーの上に座っている龍平さんも、いつも通り煙草をふかしながらとりあえずテレビを見ていた。
 休日の午後なんて大抵こんなもので、あとは龍平さんが居たり居なかったり。学校とバイトがなければ、本当に一年中こんな生活を送っているかもしれない。
 今享受することが許されているたまらない幸福感に、わたしは酔っているのかもしれない。
 買ったばかりの黒い灰皿にはたくさんの灰と吸殻が転がっている。龍平さんの長い指が、挟んだ煙草の灰を落とすのを見ながら「そろそろ捨てなきゃいけない」と思って、そのまま本の中にもどった。

 ふと気づくと龍平さんがソファーの上でごそごそと自分のポケットを探っていた。服の上から確かめるように叩いても目当てのものは見つからないようで、しばらくおとなしく思案したあとのっそりと動いた。

「…どこか行くの?」
「煙草切れた。ついでに散歩してくるけど、ひよりも行く?」

 晴れた日に家にいるのがもったいないと思っていたのは龍平さんも同じみたいで、龍平さんは珍しく浮き足立った様子で、唇の端をくいっとつり上げて笑い、わたしを誘った。

「…行く」

 行くよ。だって部屋で一人で本を読むのはいつでもできる。雨の日でも、夜でも。でも、誰かと一緒に散歩だなんて、滅多にできないよ。まして、相手が龍平さんだなんて。
 読みかけの本に栞を挟んでいる間に、龍平さんはさっさと玄関で履き潰れたスニーカーに足を滑らせていた。

「待って」
「置いていかねぇよ」

 上着を羽織って慌てるわたしを、龍平さんは余裕の笑みでからからと笑った。
 天気がいいと、龍平さんの機嫌もいいらしい。
 靴棚から歩きやすい靴を出して履こうとすると、慌てすぎたのか身体がぐらついてしまった。

「わ」

 頼るものを求めて手を伸ばすと、そう広くもないたたきにまだ立っていた龍平さんの腕に触れた。
 振り払われなかったのをいいことに、それを支えに靴を履いた。

「履けたか?」
「ん。大丈夫」

 よし、と言った龍平さんから手を離そうと力を抜くと、一度離れた指先はすぐに龍平さんのごつごつと骨ばった手に捕まった。

「…!?龍平さん?」
「行くぞ」

 手を引かれて外に出て、龍平さんが玄関の鍵を閉めるのをわたしはただ見ていた。繋がった指先がやけに熱くて、そこから血液が逆流してくるかのように動悸がする。
 そのまま歩き出した龍平さんに、わたしは素直に従うしかなかった。
 歩幅の広い龍平さんに引っ張られるようにアパートの階段を下り、外に出た。
 眩しくて、眩暈がした。一人で生活していた頃のわたしは部屋で過ごすことが多かったから、天気を気にして外に出るとか出ないとか、考えることはほとんどなかったから。
 雲のない空も、照り返すアスファルトも、龍平さんの背中さえも、眩しい。

「煙草の自販機どっちだっけ?」
「多分あっち」

 わたしが指差す方へ方向を定め歩きだす龍平さんの足取りはさっきよりいくらか落ち着いたけど、相変わらずわたしの手は離さない。
 むしろしっかりと繋ぎなおして、この手を引いて歩く。肩が触れるほど近くを、龍平さんが歩いている。
 どうせ自販機の前までくれば必然的に手を離すことになるのだからと、わたしは龍平さんの好きにさせておいた。
 手を繋ぐ、というよりも、手を引く、という言葉が合うような握り方で、覆い被さる大きな手に、わたしは自分の手の小ささを認識せずにはいられなかった。
 離さないならそれでもいいから。どんどん欲張りになっていくわたしを、
 ……一人に、しないで。



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